三歳児神話に最もよく引用されるのは、ボウルビィの「母性喪失」に関する調査研究です。その他にもスピッツの「ホスピタリズム」も使用されますし、ロレンツの「刷り込み」概念も流用されることがあります。
育児を語るときに学者の研究を流用するには、気をつけるべき事があります。学者・医者の研究対象は多くの場合、条件を厳しく統制した研究室の中での行動観察か、非常に特異な環境・条件の元での観察に偏っています。したがって、その結果をそのまま雑多な日常生活上での育児に当てはめることは危険なのです。それは例えば、北極に普段着の装備で行けば人間は凍死するという事実を聞いて、「人間は寒いと防寒着なしでは死んでしまう」という言葉にし、秋風が吹き始めた頃に子どもにセーターと毛皮のオーバーを重ね着せるようなものです。その言葉自体は正しくても、言葉が引き出された背景を考慮せずに盲目的に言葉に従って行動するのは、無益どころか有害でさえあるのです。
ボウルビィ、スピッツ、ロレンツ、いずれも非常に示唆的な研究をした人達であるだけに、それらの研究を誤った恣意的な方法で引用し、神話の後押しに利用するようなことは慎むべきです。
参考文献
*1 疑わしき母性愛 ヴァン・デン・ベルク著 川島書店