Last updated : 10/July/1996 

メンバーによる職場での取り組み例

以下の例の多くは、1992以前については育時連関連の出版物で読むことができます。それ以降は育時連ニュースで読むことができます。

育児休業法施行(1992)以前

[育児時間ストライキ方式]
育児時間を認めない会社に対して、保育園の送り迎えを理由に堂々の遅刻・早退を繰り返す。「単なる遅刻早退」とする会社に対して指名ストライキであると労働組合から支援してもらい4年間続けて、男性の育児時間を認めてもらう。賃金カットよりも豊かな暮らしのほのかな手応えを本人は主張。 (『父さんは自転車に乗って』)
 
4年と9ヶ月の"早退"[年休分割方式]
年休を15分単位でとって早退し、保育園へお迎え。最初の1年間は1時間、2年目は45分、3年目は30分。やがて年休が足りなくなって欠勤扱い。 その帰結としての賃金カットと定期昇格停止のペナルティー。「男だって家庭責任を、、、でも同僚たち迷惑かも」と揺れながらも、 保育園の子供たち、母親たち、園のスタッフとの交流が自分を支えてくれました。(『男と女で[半分こ]イズム』)
 
単なる遅刻
時間は刻々過ぎるのに子供は「保育園へ行きたくない」と駄々をこねる。 「お願いだ〜。お父さんを困らせないでくれ〜。」そして今日も遅刻。「私事の育児で遅刻なんて恥ずかしいよ」的な男社会のプレッシャー。 でも、思い悩むより、子供に向き合った方が人生にプラスになるし、想像もつかない違った世界が見えてくる。 (『男と女で[半分こ]イズム』)
 
女の育児時間の場合
ババつきDIWKの私に「育児は義母に任せなさい」「就業時間中の授乳のみ 育児時間と認める」と会社は言う。私は怒りに震えて立ち上がってしまった。だが、管理職からは日常的に苛められ、「パートになれば楽だよ」と誘惑され、匿名OLには「贅沢だ。私たちはもっとひどい境遇なのに」と抗議される。 正直言って、揺れた私だった。が、今ならはっきりと言える。「人の足を引っ張っても、誰かが何かしてくれるのを待っていても、 ハッピーにはなれないんだから」とね。(『男と女で[半分こ]イズム』)
 
すっぱり休もう育児休職
公務員の男性育児休職第1号だろうと思う。子供が10ヶ月のとき、男も取れる制度ができたので慌てて妻からバトンタッチ。子供が始めて歩いた、その一歩を見ることができて感動でした。(『育児で会社を休むような男たち』)
 
人寄せパンダになってしまう
育児休職を認めてもらう代わりに、会社の進歩的人事制度の宣伝要員として 新聞、雑誌、TVに引っぱり出されるのに堪え忍ぶ。たった2か月の育児休職で本まで書いた。(『男も育児休職』)

育児休業法施行(1992)以後

夫婦でフレックスタイム
早起きの彼が7時半には会社のデスクに入り、夕方4時に退社する。 保育園に子供を迎えに行って5時には帰宅。ゆっくり風呂に入って夕食作り。彼女は朝、保育園に子供を送ってからフレックスで遅れて出社。 その分、夕方仕事して7時に帰ってくる。
 
定時に帰る管理職
定時退社して、1歳半の娘を保育園から引き取り、絵本を読んでやりながら 夕食を作り、妻の帰りを待つ証券会社のサラリーマンです。私は育児もしたいし、ある程度の昇進もしたいのですが、欲張りなんでしょうか。
 
申請してみるもんだ
フルタイムのパートナーと共働き。3歳の息子を保育園に送迎するのに 現在、一日一時間半の育児時間を取得しています。労働組合も無い職場ですが「遅刻も多く、職場にご迷惑をかけっぱなしで申し訳ありません。ここはひとつ、育児のため時間短縮を認めてください」という陳情書を会社に出して交渉。 二週間後にOKがでました。やはり、言ってみるものです。
 

詳しくは育時連関連の出版物をご覧になるか、例会に参加するか、メイリングリストに登録ください。


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