EQG HOME > ライブラリ > 夫婦でする子育て | 第2章←◇→第4章 |
第3章 家事・育児の分担と共同これまでは数量データによりマクロな視点から、一般的な日本の家事・育児の現状について考えてきたわけだが、この章からは「夫婦でする家事・育児」についてアンケート調査およびインタビュー調査で得られた質的データをもとに、本研究の核となるミクロな視点から、個別事例のより深い分析および考察をしていく。 第2章の第2節で明らかになったように、日本の男性の家事・育児参加は極めて低調なものであった。たとえ夫が家事・育児に参加していても、その多くは「手伝い」の域を超えるものには至っていない。しかし世の中には、まだごくわずかではあるが「手伝い」の域を超えて家事・育児に積極的に取り組んでいる男性もいるのである。しかし、それがごくわずかであるがゆえに、彼らの家事・育児の様子や生活スタイルなどはほとんど知られていない。本章では、そんな家事・育児に積極的に取り組む夫のいる家庭では、夫婦がどのように分担・共同して家事・育児に日々取り組んでいるのか、また家事・育児をやる人とやらない人の違いはどこにあるのかということについて、時間的な変化も含めて考えていく。 第1節 2人で家事・育児をする夫婦の特徴この節では、家事・育児を妻だけでなく夫も分担・共同し、2人で共に家事・育児責任を担っている夫婦には、どんな特徴があるのかをアンケートおよびインタビュー調査の対象者のプロフィールから探っていきたい。第2章の第2節では、夫が家事・育児をするかしないかは妻の就労状況によるという結果が出たように、2人で家事・育児をする夫婦の特徴をつかむためには、夫だけに焦点を当てるのではなく、妻にも焦点を当てる必要が十分にあると考えられる。そこで、夫と妻の双方から特徴を見ていくため、今回アンケート調査およびインタビュー調査に協力していただいた、ケース1からケース3の3夫婦計6名と、アンケート調査のみに協力していただいたケース4からケース6の計4名(ケース4は夫婦データであるが、ケース5は夫のみ、ケース6は妻のみのデータである)のプロフィールを以下に紹介する。
以上が本研究の調査対象者のプロフィールである。育時連家事プロジェクトの報告では、夫が家事・育児をする家庭の特徴として、「妻が常勤で働き応分の収入を得ていること」が挙げられていたが、このプロフィールを見ても、ケース5の妻の就労状況は不明であるが、それ以外の全てのケースにおいて、妻はフルタイムワーカーであり、おそらく応分の収入を得ているものと考えられる。また、今回の調査では調査目的以外のプライベートな質問についてはなるべく避けるようにしたため、学歴については質問しなかったが、ケース1とケース3については、紹介を受けたとき、または実際に面接したときに、その場の流れから最終学歴を知ることができた。その結果ケース1とケース3は夫婦共に国立大学卒ということが分かり、その他のケースにおいても公務員を職業とする人が多く、おそらくその人たちについては大卒であるという推測ができることから、今回の対象者においては夫婦共に非常に学歴が高いという特徴が挙げられる。 ここまでは、育時連家事プロジェクトの報告で挙げられた特徴とほぼ同じ結果となった。しかし、夫のプロフィールに注目してみるとどうだろうか。育時連家事プロジェクトの調査では「夫の就労形態と家事共有度には一定の関係はない」という結果が出ていたが、今回の対象者のプロフィールを見てみると、ケース1の夫は新聞記者、ケース3の夫は裁量労働制を取り入れているコンピューター会社勤務、ケース4の夫はトラック運転手、ケース5の夫は大学の先生、そしてケース6の夫は陶芸家というように、比較的時間に融通の利く職種の人が多いことに気がつく。もちろん、そのような人たちが対象者になってくれたという側面も否定できないが、育時連家事プロジェクトの調査では、主にアンケートによる量的データを分析したため、就労形態を知ることはできたが、さらに細かく職種を知るところまではできなかった。そのため、夫が常勤会社員であることは分かったとしても、その人がどんな職種の仕事をしているのかまではつかめなかったのである。仮に、職種別に分けることが可能であったとすれば、もしかすると今回と同じような傾向が見られたのかもしれない。どちらにしても、本研究の対象者に関しては、夫が比較的時間に融通の利く職種に就いているという特徴が挙げられる。しかし、決して彼らの労働時間が短いわけではない。例えばケース1やケース3の夫のように、平日一日平均12時間ないし13時間も働いていて、遅いときには帰宅時間は夜中の2時3時であるという人もいるし、ケース4の夫も平日一日平均12時間も働いている。その他のケースにおいても、常勤で働いている人がほとんどで、労働時間が一般に比べて特に短いというわけではない。むしろ、一般的に見ても労働時間は長く、家に居られる時間が短いという人たちがほとんどである。つまり、夫が家事・育児をするかどうかは、夫の労働時間の長さや収入などの就業形態よりも、どんな職種に就き、どのような働き方をしているかということに影響を受けるのだということがいえる。したがって、ここでは家事・育児をする夫の特徴として、常勤で長時間労働であるが時間に比較的融通の利く仕事に就いているということがあげられる。しかし、これはプロフィールから読み取った一方向的な特徴であり、この裏には、もう一つ違った側面が隠れていると考えられる。それは、彼らが家事・育児をするために、働き方のほうを変えたのではないかということである。このことについては、プロフィールからだけでは読み取ることができないので、4章で詳しく分析していくこととする。 また、育時連家事プロジェクトの調査では、「夫が年下のほうが育児共有度は高い」という結果が出ていたが、本研究の対象者を見てみると、ケース1、ケース2、ケース6では妻のほうが年下であるし、ケース3とケース5に関しては夫婦が同い年である。夫が年下であったのはケース4の1つのみであり、本研究の対象者に関しては、夫婦の年齢と夫の家事・育児共有度には一定の特徴は見られないと言える。 その他で一つ気になったのが、夫の通勤時間のほうが妻の通勤時間より短い場合が多いということである。ケース1を除き、ケース2、ケース3、ケース4、ケース6についてはプロフィールからも夫の通勤時間が妻の通勤時間より短いことが分かる。そして、ケース5については妻に関する情報はないが、夫の通勤時間は片道10分と短いことから、妻の通勤時間より短いか、若しくはそうでないとしても自宅から勤務先までが近いということは言える。このことから、夫は労働時間が妻よりも長い分、通勤時間を短くすることで、家庭にいる時間を少しでも長くしようとしているのではないかと考えられる。つまり、家事・育児をする夫の特徴として、通勤時間が(妻より)短い傾向があるということが挙げられる。 ここで、本研究の対象者である2人で家事・育児を分担・共同している夫婦の特徴をまとめると次のようになる。
以上のことが挙げられるが、本研究は量的データを基にしているわけではないので、この結果はあくまでも本研究の対象者の特徴であって、それ以上のものには成り得ない。従って、夫が家事・育児に積極的に参加し、夫婦2人で家事・育児を分担・共同している家庭の特徴が、この結果と同等のものになるとは限らない。ただ、一つの傾向として、夫婦で家事・育児に取り組む家庭には、このような特徴があるということを理解していただきたい。 この他にも、このプロフィールからだけでは読み取れなかった特徴は多々あると思われる。そういうものについては、インタビュー調査の結果からも後々述べていくものとする。 第2節 夫婦の家事・育児の分担・共同状況夫が家事・育児を分担している家庭では、夫婦の家事・育児の分担状況はどのようになっているのだろうか、妻の分担の特徴や夫の分担の特徴といったものがあるのだろうか、また、彼らの家事・育児は一般の男性の家事・育児の現状と比較すると、何がどう違うのだろうか。この節では、自由記述方式で行ったアンケートの結果から、夫婦でする家事・育児の分担・共同状況を考察すると共に、インタビューの回答をもとにさらに細かく、分担・共同の様子を探っていく。
上は家事・育児の分担の様子をアンケート結果に基づきまとめたものである。自由記述方式であったため、ケース5については「とにかくできることからお互いにしていく」という回答のみで、詳しい分担の様子を伺うことが出来なかったので上の表では省略した。また、他のケースにおいても、私が家事・育児の項目を設定して答えていただいたわけではないので、人によって回答の仕方や量に差があるものとなった。 (1) 負担の重い家事・育児まず、全体的に見て、家事についても育児についても夫妻がほぼ同じくらいの量を分担しているように見える。育時連家事プロジェクトの報告では、一般的には家事も育児も「ほとんど妻がする」場合が大半を占めていたが、本研究の対象者の家庭では、夫も明確に家事・育児を分担・共有していることが分かる。特に、一般的には負担が重く大変だと思われ、夫の共有度が低かった「夕食を作る」「トイレ掃除」「おむつの取替え」「ミルクをあげる・食事をさせる」「保育園の送り迎え」「病気の子供の世話」について見てみると、「オムツの取替え」や「ミルクをあげる・食事をさせる」、「保育園の送り迎え」、「病気の子供の世話」などの育児に関する項目では、ほとんどの家庭において夫婦がお互いに協力し合って分担・共同しており、特に妻に負担が偏っているということはなかった。ケース1、ケース2では子供が既にオムツやミルクが必要ない年齢になっているため、これらについての記述がなかった。そこで、子供がもう少し小さかった時を振り返ってもらって、オムツを替えたりミルクをあげたりということは夫もしていたのかということについて質問した。
オムツの取替えについては、夫もやるのが当然のこととして語られ、もちろんウンチの場合でも同じことだと言っている。ミルクについては、母乳の場合は妻にしかあげることはできないが、ケース1のようにミルクで育った場合は、妻も夫も同じようにミルクをあげることに関わったと述べている。また、離乳食になると、ケース3でも同じようなことが語られたが、作ることは妻が担当し、食べさせることはお互いに関わるという場合が多いことがケース1の語りからも分かる。そして離乳食は、市販のものではなく、手作りのものを食べさせるというこだわりが見られたが、これは、共働きで子供に手をかけてあげられる時間が短い分、やれる部分では手を抜かず思いっきり手をかけてあげようという愛情の現われのようにも思われる。このように本研究の対象者の夫は、一般の男性たちがほとんど妻に任せている負担の大きい仕事も、分担・共同し妻と共に協力し合いながら取り組んでいる。しかし、「夕食を作る」や「トイレ掃除」など家事に関する項目では、本研究の対象者の夫達も分担しているケースは少なく、ほとんどは妻がしている。おそらく、夫の帰宅時間が遅いことなどが原因であると思われるが、なぜこのような分担になったのかの理由については次節で考えていくこととする。とはいえ、朝食を作ったり掃除をしたりというように、比較的負担が大きいと思われる家事も分担していることから、一般の男性よりは何倍も家事・育児をしているといえる。 (2) 平日と休日また、平日と休日では家事・育児の分担が違う場合が多いようで、休日の場合「遅い朝食(だいたい私が作る)」「夕食の片づけを私がしている間に夫が子供を風呂に入れて、寝かしつける」特に日曜日は「食事や片付けは夫婦で分担する」(ケース1・妻)や、「休日の昼食、夕食の準備は妻がすることがほとんどだか、2週間に1回くらい私がする場合もある」「休日の昼食、夕食の片付けは本来私がする」「休日に買い物に行く場合ほとんど一緒に行く」(ケース3・夫)と答えている。またケース3の夫は、夜の離乳食を食べさせることについて「平日は妻がやって休日は私がやる」と述べており、入浴についても「平日は妻がやって休日は私がする」と答えていて、平日に妻がやっている家事・育児を、休日には夫がするといったパターンが目立った。逆のパターンが少なかったことから、平日は夫のほうが家事・育児に費やせる時間が制限されている分、休日に妻の分まで普段よりたくさん分担することで均衡をとっていると考えられる。時間があるときは、夫が自ら進んで家事・育児をしようとする思いも垣間見ることができる。 この他にも「夫が早朝勤務や出張でいないときは、朝食や保育園の送りも全て私が担当」「私が月に三回ほどある静岡の研究所への日帰りの出張の場合は、その分早く起きて朝食も私が作り、代わりに夫が保育園の仕度をしてくれる」(ケース1・妻)や「私が会議等で帰宅が遅いときには食事関係も夫に任せます」(ケース2・妻)、「雨天の場合私が車で妻と子供を送る」(ケース3・夫)などのように、その時々の状況によって分担状況が変わってくるものもある。中でも、病気の子供の世話など、突然出てくるようなものについては分担が明確ではなく、その時の状況によってどちらがやるかは変わってくる。 (3) 妻の育休中また、妻の育休中の家事・育児の様子を質問したところケース2、ケース3は次のように語った。
ケース2は最初はほぼ全部妻がやっていたけれども、やりきれなくなった時点で夫もやるようになり、最終的にはお互いに半分ずつ無理をすることで総崩れになるのを防ぐ方法を選んでいる。ケース3では、産休中は妻のほうが普段は夫がやる分までたくさん家事をやっていたけれども、育休中に入ると分担は元に戻し、ほぼ半々な感じでやっていたと言う。産休中は子供がまだいないため、妻の空き時間は多く家事全般は妻がやることが多いようだが、妻の育休中はいくら妻が休みでも、家事にプラス育児があり、特に子供から目が離せない時期でもあることから、夫は家事・育児を分担する傾向にあることが分かった。ケース2の場合、最初は育休中も妻が全部やっていたということだが、おそらくその後、妻と交代する形で夫が育休をとることになっていたために、育休中はお互いに100%家事・育児をしようという考えがあったのではないだろうか。しかし、三つ子ということもあり、やはり1人で全てをやろうとするのには無理があることを体験から学び、お互いが総崩れにならない程度に分担するという形になったのだと考えられる。 (4) 細かい家事と二世帯同居これまでのように、一般的に家事として認識されやすいものの他に、出かけるときにテレビや電気を消したり、戸締りをしたりその確認をしたりなどのような、非常に細かいことも家事には含まれる。世の中の男性の中には、このような細かい家事が存在することにも気づいていない人たちがたくさんいると思われるが、本研究の対象者たちは、このような細かい家事をどのようにこなしているのだろうか。
「電気とか戸締りとかは出来る」けど「夕方カーテンを閉めるだとか、シャッターを下ろすとか、雨が降らなかったときには花に水をやる」などのように凄く細かいことは、「絶対気付かない」と妻は述べている。つまり、一般的に細かいと思われているところまではできるけれども、さらにもっと細かいところになると言わないと出来ないということである。妻はアンケートでも「家事は言えばやるんだけれども、自発的に気づいてやることが少ない」と答えており、やはり家事は広げようと思えばいくらでも範囲が広げられるものであるため、凄く細かいこととなると、夫はなかなか気が付かないことが多いようだ。妻のほうが細部にまで神経が行き届いているということだが、「言えばやる」というコメントからも分かるように、決して夫はやりたくなくてやらないわけではない。また、祖父母と同居しているケース2にも、細かい家事について質問した。
祖父がいつも家にいることから、細かい家事については特に気にしていないことが伺える。もし、外出先などで電源など細かい家事が気になったときは祖父を頼るが、細かい家事に「気づく」のは、妻だけでなく夫もである。もしかすると、祖父母と同居しているケース2の場合には、この他にも実際には夫婦2人ではなく祖父母が分担している家事・育児もあるのではないかと思い質問してみた。
ケース2の場合は同居といっても2世帯住宅であり、祖父母とは完全に別生活だと述べている。したがって、家事も育児も基本的には全て夫婦2人で分担・共同しているということになるが、2人では手が回らなかったときや緊急のときなど、いざという時には祖父母の手を借りることもあると言っている。共働き家庭の家事・育児にとって、いざというときに頼れる人がいるということが、非常に大きな意味を持つことは間違いない。 (5) 家計と冷蔵庫の管理さらに、家事・育児をする上で知っておくことが重要だと思われる、家計の様子や冷蔵庫の中身などについては、夫婦がお互いに全てを把握しているのだろうか。
ケース2では完全に別会計であるため、家庭全体の家計の様子についてはお互いに把握していないが、それぞれが自分のお金を責任を持って管理している。今月はどちらが多く使ったなどの言い争いもない。これは共働きでお互いに家事・育児に関わっているからこそ出来る生活スタイルである。ケース3の場合は、買い物や料理を担当しているのが基本的に妻であるため、家計は完全に妻が管理しており夫はあまり把握していないようである。冷蔵庫の中身についても同様に、調味料など常に入っているものの定位置ぐらいは把握しているが、残り物や作り置きして冷凍してあるものなどは、妻しか把握していない。しかし、妻に頼まれたときや自分で料理をするときにしか買い物に行かない夫にとって、家計や冷蔵庫の中身を知ることはそんなに重要なことでない。このように、家計や冷蔵庫の中身を把握しているかどうかは、お互いの分担状況に大きく左右される。そして買い物や料理は妻が分担していることが多いことから、必然的に家計の管理は妻であることが多いと推測される。 この他、これまで見てきた中で妻に多い分担の特徴として夕食の支度や子供の寝かしつけなど、夜にするものが多い傾向がみられる。逆に夫に多い特徴としては、朝食の仕度や子供の着替えなど、朝にするものが挙げられる。さらに「家電製品の入れ替えは夫」で「衣類の入れ替えは妻」(ケース1・妻)のように季節によって出てくる仕事にも分担はあるようだ。このように、夫婦2人でする家事・育児の分担・共同状況には、多様な特徴が見られた。それは必ずしも一定のものではなく、家庭によっても様々であったが、これらの分担・共同状況について、なぜこのような分担になったのかという理由を次節で考えていくこととする。 第3節 家事・育児分担の経緯一言に「夫婦で家事・育児をする」と言っても、その分担・共同には様々なパターンが考えられる。実際、前節でも見てきたように、分担・共同のパターンは家庭の数だけ存在する。この節では、夫婦の家事・育児の分担がどのようにして決定されていったのかということについて、夫が家事・育児をするようになったきっかけから、順にその経緯を見ていく。さらに、それに関する対象者の語りから、なぜそのような分担になったのかという理由も考えていく。 (1) きっかけまず、夫が家事・育児をするようになったきっかけは何だったのかということについて見ていく。アンケートによると、最初からずっとやっているので特にきっかけはないというものと、結婚がきっかけとなったもの、子供が生まれたことがきっかけとなったもの、妻が働き続けることがきっかけとなったものなど、夫の家事・育児のきっかけにはいくつかのパターンがあることが分かった。当然育児に関しては、子供が生まれるまでは発生しないものなので、子供の誕生がきっかけとなる場合がほとんどであるが、家事は子供がいない夫婦にも必要な仕事である。子供が生まれる以前に家事をしていたかどうかが、育児をするかどうかに影響してくることも考えられる。また、育児だけに関わる父親はいるかもしれないが、家事だけに関わり育児には全く関わらないという父親はほとんどいないであろうということからも、家事をするかどうかが夫の家庭への関わり方を決める重要なポイントになっていると言える。そこで、ここでは特に家事をするようになったきっかけについて見ていこうと思うが、アンケートの結果面白い傾向が見られた。それは、夫が家事をするようになったきっかけについて、夫の言い分と妻の言い分が食い違っている場合が多いということである。「ほぼ初めからですが決定的なのは長女が1歳の時に熱を出した時に妻が仕事を休めず自分が休むしかない状況がでた時に自分が仕事を休みそれが家族のためになったという実感があってから」と言う夫に対し「三つ子が生まれてから。夫が家事育児をしなければ、家庭生活が回っていかない状況になったから」と妻が述べたケース2の夫婦に夫が家事をするようになったきっかけについて語ってもらった。
「凄くやる気はもともとあった」と語る妻は、長女が生まれたときから夫が家事・育児に対するやる気を持っていたと認めているものの、「実際の家事の分担という意味では、やっぱり三つ子以降」だと述べている。それに対し夫は「さくらが熱を出したっていうのは僕にとっては大きなきっかけだった。で、次のステップはやっぱり三つ子の誕生」だと述べている。さらに、夫が一番のきっかけだと言う長女が熱を出した時のことについて、妻は「あんまり覚えてない」と言っている。つまり、長女が熱を出したことにより夫が会社を休んだということが、夫にとってはとても印象深い出来事であったが、妻にとっては全く日常の出来事に過ぎなかったということである。夫にとって家事や育児のために会社を休むということは、それ自体が大きな意味を持ち、家事・育児をやっているという実感にもつながったが、仕事をしている妻にとっては、仕事をしているというだけで世間からは家事・育児をあまりしない妻という風に見られがちで、いくら家事・育児のために仕事を休んだからといって家事・育児をよくやっているとは褒められない。そして言うまでもなく、会社を休んで家事・育児をすることを自分は何度もやっていて、それは当然のことだという意識も妻にはある。このように、夫が家事・育児をするようになったきっかけには、夫と妻の間の家事・育児に対する意識や程度の違いが明確に現れてくる。つまりケース2の場合、きっかけを一つに統一することは無理なのである。夫から見てのきっかけは、会社を休んでまでやった長女の看病であり、妻から見てのきっかけは一人では回っていかなくなった三つ子の誕生であり、これらはどちらも間違いなくきっかけなのである。 また、ケース1とケース3では、どちらも「結婚した当初から」ということできっかけは夫も妻も一致しているが、その背景には「婚約したときまだ相互に学生で、実際に結婚できるまで3年近くあったのでその間に夫に料理や洗濯などを少しずつ仕込みました」(ケース1・妻)や「結婚する前から、私と結婚するとどういう生活になるか(家事は分担すること自分の世話は自分ですることなど)はしっかりとイメージさせておいた」(ケース3・妻)というように、結婚する以前に意図的にした妻の行為があるようだ。
結婚するまでの間に妻が夫に「意図的」に家事を「仕込んでいった」という説明を聞き「そういう説明は過去聞いたことはありません」と夫は述べている。つまりケース1の場合、夫は結婚してから家事をすることは当然のことだからと思い、自発的にやり始めたと思っていたが、実は結婚する以前から、「家事・育児をする夫」にするために、妻が意図的に夫に家事を仕込んでいたのである。もちろん夫は、妻にそんな意図があったなど全く気付いていなかったわけだが、結果的には結婚をきっかけに夫も家事をするようになった。
ケース3の場合も、結婚する前に妻が夫に「イメージさせた」ということだが、それは実際に夫に対して「こうなるよ」ということを言葉にして言うことで、結婚後の生活をイメージさせている。つまりこの場合、妻が「家事・育児をする夫」にさせたという点ではケース1と同じであるが、夫がそのことを認識していたかどうかという点では大きな違いがある。ケース3では、結婚後は2人で家事・育児をしていくという夫婦の合意の上で、結婚がそのきっかけとなっている。 これらの語りからも、やはり男性が自発的に家事・育児をするようになるのは、初めからすんなりといくわけではないことが分かる。その影には、夫が家事・育児をするようになる以前の妻の努力や、家事・育児に対する意識や程度の違い、夫が家事・育児をしなければ生活が回っていかないという状況など、きっかけを作り出す様々な要因が隠れているのである。そして、それまでの生育状況からも、日本の大半の男性は家事をあまり学んできていないという現状があるので、元々の意識の差も当然存在するだろうし、もちろん結婚して夫が突然家事をやろうとしても出来るものではなく、出来ない事や分からない事は妻から教わるしかない。そのため、夫が家事をするようになったきっかけや初期の時期では、妻は夫より家事の先輩であり、「きっかけ」に対して、夫とは違う多少厳しい目線から評価しているのは仕方ないことだといえる。 (2) 分担の決定それでは、そのきっかけを経て、夫婦の家事・育児分担はどのように決定されていったのかということを見ていこう。
ケース1、ケース3では、子供を保育園に送っていく時間や勤務時間など、時間的な理由により夫婦の家事・育児分担が徐々に決まってきたと語っている。この2つのケースは、夫の勤務時間が朝はゆっくりで夜は非常に遅いという少し特別なケースで、そのことから夜の家事を夫は全くすることが出来ない。このように時間的な理由はどうすることも出来ないので、お互いに空いている時間の中で効率的に家事をしようと思うと、必然的に朝の家事は夫で夜の家事は妻がやるという分担になってくるのである。つまり2節で、朝の家事は夫で夜の家事は妻がやるといった特徴が挙げられていたが、その理由は勤務時間など時間的な拘束により、本研究の対象者では夫のほうが帰宅時間が遅い場合が多いことから、このような分担になる家庭が多かったということである。それに対して、夫の帰宅時間がそれほど遅くはないケース2は、分担はお互いの好き嫌いで決まってきたと語る。
ケース2では、プロフィールでも紹介したように夫の帰宅時間が非常に遅いということはない。子供の保育園への送迎も全て夫が担当しており、むしろ妻のほうが会議などでたまに遅くなることがあるようである。このように、ケース1やケース3に比べて少し時間的に余裕があるケース2では、お互いの好き嫌いや得手不得手で分担が決定したと語っている。このことから、家事・育児分担が決定していく過程には、まず第一の要因として時間的な要因があり、時間的に少し余裕のある家庭では第二の要因として好き嫌いや得手不得手といった要因が存在する。そしてこのような過程を経て、徐々に夫婦の家事・育児分担が決定していくのだということが分かった。アンケートでは、全ての対象者に対して家事・育児で好きなものと嫌いなもの、あるいは得意なものと不得意なものを聞いてみたが、やはり時間的な要因により分担が決定してきたケースでは、自分の担当しているものが好き、または得意であるとは限らなかった。むしろ、好きで得意な家事は時間的に出来ないので相手の分担になっていたり、嫌い、あるいは不得意であるけれども自分の担当になっていたりというようにバラバラである。ただ、休日や季節に応じてやる家事・育児などについては、時間的な余裕が生じてくるため、どの家庭でも好き嫌いに応じて分担が決まってくる傾向が見られた。 このように、夫婦の家事・育児分担は「決めた」のではなく「決まってきた」のだということが言える。そしてそれは、厳密に決められているのではなく、その時々の状況により、相手が出来ないときには出来るほうがするというものや、分担を決めるまでもない細かい家事などについては、お互いに気づいたほうがするという形になっている。さらに、一つの家庭の中でも、子供の成長と共に家事・育児の内容は変化しているはずであるが、夫婦の分担はそれほど変化しないようである。これは、分担を決める要因である、「勤務時間」や「好き嫌い・得手不得手」がそれほどすぐに変化するものではないということや、自分が分担しているものは長く分担するほど要領も得て能力も技術も向上するということから、ずっと同じものを担当しやすいと考えられる。ただ、家事・育児経験が長い夫ほど、家事・育児を早く上手に出来るようになり、色んな事にもよく気がつくようになるので、分担自体に変化はなくとも、その他たくさんある細かい家事をたくさんするようになり、全体としての家事・育児の量は増えていくことになる。
これは「分担に変化はない」と言ったケース2の語りであるが、夫の家事・育児に対し妻は「やるようになった」それも「自主的に」と述べている。そして最初は「全部買い揃えて」していた料理を、冷蔵庫にあるもので作れるようになったことや、冷蔵庫にあるものをダブって買ってくることが「減った」と述べている。つまり、家事・育児をやっていく中で、見た目の分担に変化はなくとも、徐々に量的にも質的にも変化していることが分かった。子供の成長と共に夫の家事・育児も成長しているのである。 (3) 出来ない家事前項で見てきたように、様々な要因によってある程度決まった分担のもと、夫婦でお互いに家事・育児をこなしている。しかし、状況に応じて相手の担当しているものを自分がすることもあり、厳密に分担が決められているというケースはなかった。では、家事・育児に関してお互いに全く出来ないものというのはあるのだろうか。
ケース2では、24時間風呂やレンジフードなど「メカ的なこと」は妻は全く分からないと言い、逆に夫は「子供の服を買ってくる」とか「子供の服の衣替え」などは全く分からないと言う。一般的に家事・育児を分担していない家庭でも「メカ的なこと」に関しては夫がやるケースが多いように思われるが、これは女性より男性のほうが「メカ的なこと」に強いという性質があるということなのだろうか。このことに関しては5章で詳しく分析していきたいと思うが、夫が出来なかった「衣替え」や「子供の服を買ってくる」といった家事は、おそらく毎日やらなければならない家事ではないことから、これまでずっと妻が担当しているものであるため、夫は全く分からないし出来ないのであろう。
ケース3の妻は「車の掃除」が分からないと言っている。普段車は夫が運転しており、夫のものであるという意識があるのであろう。従って車の掃除は夫の担当となっており、妻がするということがないので全く分からないのだと考えられる。 このように夫婦で家事・育児をやっていても、お互いに出来ないものがいくつか存在することが分かった。そしてそれは多くの場合、毎日する家事ではなく時間に余裕のあるときにする家事である。そのため夫婦のどちらかに担当がきっちり決まっていることが多く、担当でないほうは全く要領も分からず出来ないのである。また、2節でケース3の夫が、買い物は主に妻がするので家計の様子は分からないと言ったが、このようにある家事とペアになってついてくる家事についても、その基となる家事を分担していなければ全くできないということになる。 また、家事・育児でできないものはないと回答したケース1夫婦とケース3の夫であったが、できるけれども程度の差はあると語っている。
「手間取るもの」はあってもなんとか一通りは出来ると言うケース3の夫や、「ただ私の料理は下手ですけどね」と語るケース1の夫のように、出来ないものはないけれども、出来ているものの中にも内容や程度の差があると言える。そしてここで語られた手間取ったり下手だったりする家事は、「慣れ」が足りないことが原因にあると考えられる。やはりここにも、普段自分があまりしない家事であることが関係していると言える。また、ケース1の妻が「この人のほうがお掃除すると、きちっと四角い部屋を四角く掃く、私は四角い部屋を丸く掃く」と語っているが、実は全く同じことをケース2の妻も語っている。これは単に性格の違いなのであろうか。ここには、妻は家事において「効率」つまりどれだけたくさんのことができるかを重視するが、夫は「成果」つまりどれだけ完璧にできるかを重視するという側面が隠れているように感じられる。もしかすると、妻にはよりたくさんの家事が見えているが、夫はそれが見えない分どれだけやったかの成果によって自分が家事をしているということを確認しているのかもしれない。 第4節 しつけ育児の中にはもちろんしつけも含まれる。家事・育児を夫婦で分担していない家庭でも、しつけに関しては妻ほどではないにしろ夫も関わっているものと思われる。では本研究の対象者たちはどのように子供のしつけに関わっているのだろうか。 まずケース3では、まだ子供が9ヶ月ということもあり、叱ったり何かを教えたりということはまだしていないと言う。しかし「もうそろそろ始める」と述べていることから、子供に対するしつけが始まるのは、大体1歳前後であると考えられる。また、ケース3はしつけにはどちらも関わると思うとも述べており、夫のしつけへのやる気が感じ取れる。では、実際に4人の子供を育て「おもちゃや食器の片付けをさせたり、歯磨きの声をかけるなど躾っぽいところは私がやります」(ケース2・妻)とアンケートで回答したケース2にしつけに関して話を聞いた。
子供のしつけに関しては「腹の立つところが違う」と述べている。実際に夫は「親を冒涜すること」に対して怒り、妻は「朝急いでいるとき」に怒るということがこの語りからも分かる。ただ同じ怒るといっても、夫の場合「外に出す」「おトイレに入れる」「ケツを叩く」のように、悪いことをした子供に対して叱ると共に罰を与えることでしつけをしている。それに対し妻は、「鉄拳制裁」と言っているがおそらく頭を叩く程度のものであると思われる。このことから、子供から見て悪いことをしたら叱る存在は父親であり、怒ると怖いのも父親であると考えられる。つまり、悪いことをした時「叱る」というしつけを担当しているのが夫であり、「帰ってきたら靴をそろえて脱ぐとか、鞄かけてとか、弁当出して」のように「教える」という意味でのしつけを担当しているのが妻であるといえる。上述のアンケートで妻が回答した内容も「教える」という意味のものであったし、実際インタビュー中にも長女の漢字の宿題を見てあげていたのも妻であった。これら「教える」しつけは、子供の年齢にもよるが妻が言うように「生活習慣」に関することが多く、夫がこれらに関して「俺は言わないね」と最後に言っているが、実はこの後これに対し妻は「だって、自分がそうなんだから」と言ったのである。つまり生活習慣は自分が出来ていないと子供に教えることは出来ないし、教える側の意識の違いも大きく関係してくるのである。このようにしつけには、少なからず父親と母親で違った役目が存在している場合がある。 →第4章 |