カット ワークショップ(No.93):「男は忙しいから家事できない??再び!」

【第一部】

「建設的な喧嘩のすすめ」

パネリスト:脇田早紀子


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脇田早紀子と申します。私たち夫婦は、大学の友人として出会って結婚し、同時に就職し、二人ともフルタイム常勤の会社員です。子どもは3人いて、育児休業は夫婦交代で取り、普段の送り迎えも交代してやっています。

意識の面からいっても、夫も私も女だからやるべき、のような考えは一切ありません。

先ほどの報告からいっても、家事育児分担が偏るべき要因はまったくないと思います。

しかし、この一点曇りなき状況の中で、家事も育児も5点(半々)かといえばそんなことはなく、育児は半分に近いのですが、家事は3点かそこらという状況です。

これはなぜかというのを、自分なりに振り返ってみまして、スタート地点のずれが結局今になっても響いているような気がしますので、今日は十数年前、新婚時代にあった「醤油の喧嘩」というのをご紹介したいと思います。

当時私は、いったんは就職するけれども数年間共働きしてマンションの頭金を貯めたら、育児退職して専業主婦になり、あらん限りの愛情を注いで子育てをするという人生設計を持っていました。

今とはギャップがありすぎて、なぜそんなことを考えていたのかはっきりとは思い出せないのですが、身近に共働きのモデルがほとんどなかったのと、お金の多寡だけが幸せを決めるのではなく、暮らしのゆとりには時間のゆとりが必須だと思っていたようです。

ともかく私が将来専業主婦になるのだから、家事はすべて私流に仕切るべきで、ただし現在のところは立場が同じ(=学生)なのだから、夫も半分は手伝うべき、というふうに考えていたと思います。

もちろん、そこまできっちり分析的に考えていたわけではないのですが。

そういうある日、二人でスーパーに買い物に行きまして、醤油を買うというときに、私がなにげなく手に取ったのがキッコーマンの醤油だった、と。要するにそのときただ安かった大量生産の醤油ですね。一方夫は、いや、おいしい醤油を使うかどうかで実は全体のおいしさの大きな分かれ目になるのだから、いいものを買うべきと主張したのです。

そこで私は、「料理もしないでゴロゴロしてるくせに口出しするな」、夫は「口を出さずに手だけ出せというのか」。まぁ正確なセリフはすっかり忘れてしまいましたけれどもそういうことで我が家の歴史に残る喧嘩になりました。

今にして思えば、「口を出さずに家事を手伝え」「家事をせずに口は出す」のどちらも無理があることはわかるんです。でもそういったことも、建設的な喧嘩と仲直りを繰り返すことでやっと、一歩一歩発見してきたと思います。

ただやはりそういった大きなギャップがあるところでのスタートだったため、今でもなかなか半々までは来ない、という感じです。


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