Last updated : 1/Dec/1997
● FAQ 三歳児神話なんてふっとばせ!
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by 古川玲子

「子どもは三歳までは母親の手で育てないといけない」「赤ちゃんを預けるなんて自分勝手」そんな言葉に胸を痛めているあなたに贈る、三才児神話をふっとばすためのFAQです。

Q1 ここで言う三歳児神話って何ですか?

Q2 昔から「三つ子の魂百まで」と言いますが、あれも三歳児神話なのですか?

Q3 三歳児神話って昔からあるのですか?

Q4 三歳まで母の手で育てないと子どもに害があるって、ホントですか?

Q5 スピッツの「ホスピタリズム」って何ですか?

Q6 ボウルビィの「母性喪失」って何ですか?

Q7 ロレンツの「刷り込み」って何ですか?

Q8 「母子相互作用」って何ですか?

Q9 「母性的配慮」って、産みの母親しか与えられないものですよね。

Q10 「母親」というのは子どもにとって特別な存在だと思うのですが。

Q11 男は仕事、女は家事・育児、これは太古の昔から決まっている事でしょう?

Q12 保育所で育つ子はすぐ病気にかかると聞きましたが。

Q13 働きながら育てると、子どもはどうなるのでしょうか。


Q1 ここで言う三歳児神話って何ですか?

 「三歳までは母の手で」という言葉があります。これは「子供は三才までは家庭 で母親の手で正しく育てないと、後々取り返しのつかない恐ろしいことが起きる」と いう意味です。恐ろしいことというのは、知的発達が遅れる、心に癒しがたい傷 を受ける、性格がゆがむ、犯罪者になる、等です。これが「三歳児神話」といわれているものです。

 子供を保育所に預けようとしたとき「三歳までは手元で育てないと、子供がゆがむ 」「子供がどうなっても、自分のやりたいことさえできればいいのか」と非難された ことはありませんか。「施設育ちは愛情に飢えてひねくれる」なんて声を聞いたこと はありませんか。これらは三歳児神話の発現そのものです。

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Q2 昔から「三つ子の魂百まで」と言いますが、 あれも三歳児神話なのですか?

 いいえ、違います。「三つ子の魂百まで」は、「幼いときの性質は老年まで変わ らぬことのたとえ」(広辞苑)です。ここでいう「幼いときの性質」には「もともと もって生まれた性質」という意味と「幼い頃に形成された」という意味が含まれてい ます。いずれにしても「三つ子の魂百まで」には、「家庭で母の手で」とか「正しく 育てないと恐ろしいことが起きる」というというメッセージは含まれていませんから 、三歳児神話の言葉とは言えません。

 ちなみに、「三つ子の魂百まで」の「三つ子」は数え年で、満年齢では平均して1歳半に当たります。

参考文献
 *3 日本のフェミニズム5 母性  井上輝子他編 岩波書店

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Q3  三歳児神話って昔からあるのですか?

 実は三歳児神話が広まったのは戦後です。1961年、第一次池田内閣「人づ くり政策」の元で三歳児検診が開始されましたが、これと相前後する形で三歳児神話 が広まっていきました。当時の厚生相児童局長・黒木利克氏は著書の中で池田総理の 「要するに人づくりの根底は、よい母親が立派な子どもを生んで育てることなんだ」 という言葉を受けて「これを施策の前進といわずして何であろう」と喜んでいます。 ということは、それまではこのような視点は「常識」ではなかったという事です。

 黒木氏は母の手による家庭育児を終始強調していきました。また、1964〜5年 にはNHKが『三歳児』という母親向けの幼児教育番組を作成し、医師や心理学者も 制作に関わって、母の役割を強調した三歳児ブームを巻き起こしました。三歳児神話 は60年代に生まれたのです。

参考文献
 *3 日本のフェミニズム5 母性  井上輝子他編 岩波書店

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Q4 三歳まで母の手で育てないと子どもに害があるって、ホントですか?

 三歳児神話に最もよく引用されるのは、ボウルビィの「母性喪失」に関する調査研究です。その他にもスピッツの「ホスピタリズム」も使用されますし、ロレンツの「刷り込み」概念も流用されることがあります。

 育児を語るときに学者の研究を流用するには、気をつけるべき事があります。学者・医者の研究対象は多くの場合、条件を厳しく統制した研究室の中での行動観察か、非常に特異な環境・条件の元での観察に偏っています。したがって、その結果をそのまま雑多な日常生活上での育児に当てはめることは危険なのです。それは例えば、北極に普段着の装備で行けば人間は凍死するという事実を聞いて、「人間は寒いと防寒着なしでは死んでしまう」という言葉にし、秋風が吹き始めた頃に子どもにセーターと毛皮のオーバーを重ね着せるようなものです。その言葉自体は正しくても、言葉が引き出された背景を考慮せずに盲目的に言葉に従って行動するのは、無益どころか有害でさえあるのです。

 ボウルビィ、スピッツ、ロレンツ、いずれも非常に示唆的な研究をした人達であるだけに、それらの研究を誤った恣意的な方法で引用し、神話の後押しに利用するようなことは慎むべきです。

参考文献
 *1 疑わしき母性愛 ヴァン・デン・ベルク著  川島書店

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Q5 スピッツの「ホスピタリズム」って何ですか?

 スピッツは1945年に「ホスピタリズム」という論文を発表しました。ホスピタリズムは施設症と和訳されますが、乳児院・孤児院や小児科病院等に長期間収容される場合に生じやすい、乳幼児の心身発達障害のことです。ホスピタリズムは施設内で個人的接触や愛撫を奨励するような看護原則により、発生が減少します。スピッツ自身、施設 等は子どもが一定の大人と十分な精神的関係を持てるように保育環境を整備することで、ホスピタリズムの発生を減じるべきであるという提案をしているのです。

 スピッツの時代の乳児施設と現在の日本の施設では状況が全く違いますから、「子ども+施設→ホスピタリズム」という安易な発想は間違いの元です。

 現在の日本の環境を見てみると、通所式の保育所利用程度ではまずホスピタリズムなどというものが発生する事は考えられません。通所式ではほとんどの場合、子供と親との間にしっかりとした親子関係が成立しており、その親子関係を基盤に子どもは保母達との関係を築いていくからです。また、通所式保育滞在型乳児院&養護施設ともに、子どもの数に対してある程度十分な保母の数(2〜3人の乳児に一人の保 母という例も少なくない)を配置し、子ども単位での「担任制」を取っているところも多く、施設内でもホスピタリズムが発生しない考慮は十分になされています 。

参考文献
 *1 疑わしき母性愛 ヴァン・デン・ベルク著  川島書店

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Q6 ボウルビィの「母性喪失」って何ですか?

 ボウルビィはイギリスの医師です。彼は1948年に国連からの依頼で、戦中〜戦後に両親と離ればなれになった各国の子供達についての調査を開始しました。1950年に提出された報告書の中で彼は、施設収容がなくてもホスピタリズムは生じることを確認しました。施設に関係なく発生することから、その原因は施設自体にあるのではなく、母性的配慮の喪失経験にあると考え、「母性喪失(剥奪)」(マターナ ル・デプリベーション)という考え方を提唱しました。彼はさらに報告書で、その母性剥奪が子どもの生涯に渡って悪い影響を及ぼすと書いています。

 ところが、上記でもわかるとおり、ボウルビィの 調査研究は2年間しか行われていません。そして、彼が対象とした子供達は、最年長 でも15歳以上ではありえず、実際はもっとずっと小さかったことがわかっています 。

 なのになぜボウルビィは「将来の全人生に影響を与える」などと言い切ることができるでしょう。

 1956年になると、ボウルビィは新たな論文の中で、このような主張が誇張であった事を認め、母性喪失が全人生に重大な影響を与えるとは一般としては言えないと言い直しています。日本の三歳児神話論者のうち、ボウルビィの必然的転換をきちんと認識している人がどれだけいるでしょうか。

 もう一つ忘れてはならないことがあります。ボウルビィが調査の対象とした子供たちは、戦争や病気で親から引き離された子です。日常生活の中で親や寮母という心の拠り所を持ちながら成長していく今の日本の子供達とは、基本的な状況が違います。この点を無視して、極限状況での観察を日常生活に無批判に持ち込むのは、誤りを生む元になります。

参考文献
 *1 疑わしき母性愛 ヴァン・デン・ベルク著  川島書店

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Q7 ロレンツの「刷り込み」って何ですか?

 ロレンツは1973年にノーベル賞を受賞した、比較行動学者です。彼の研究 対象は動物一般(魚・鳥も含む)ですが、特に有名なのはハイイロガンで観察した「刷り込み」(刻印付け・インプリンティング)現象です。

 ガンやアヒルは離巣性(出生直後から自力で歩き、自力で餌を食べる)の動物で、 卵からかえるとすぐに親の後をついて歩き出します。離巣性の動物が親についていくのは、自然界で身を守るためにはとても重要なことです。特にガンやアヒル等の場合は出生直後に目の前で動いたものを親だと認識する、非常に限定的なプログラムがあらかじめ組み込まれています。

 ロレンツは生まれたばかりのひなの前で動いてしまったばっかりに、かわいいガンの赤ちゃんからお母さんと思い込まれ、後を追い回される羽目になります。

 このように、出生後のある限られた時期(臨界期)にある事象(例えば、「この人がお母さんだ」)がインプットされ、その後変化することがないという現象を刷り込みと言います。この鳥類の現象を流用して「人に預けたり保育園を利用したりすると 、親子の絆がインプットされない」という主張をする人がいます。

 しかし、動物全体を眺めるとこのような明らかな刷り込み現象が見られるのはある種の鳥類であり、ほ乳類全般ではこのような劇的な現象は見られません。種が高等になればなるほど、機械的・本能的なプロ グラムは減じる傾向があります。アヒルに見られるから人間にもという安易な流用は、事実として正しい結論を引き出せるとは思えません。

参考文献
 *4 心理学の基礎知識  東洋他編        有斐閣
 *5 ソロモンの指輪   コンラート・ロレンツ著 早川書房

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Q8 「母子相互作用」って何ですか?

 近年の研究で、乳児には従来考えられていた以上の認知能力があることがわか ってきました。それまで大人の側が一方的に乳児に対してケアを与えていると考えて きましたが、実は乳児の側が泣いたり笑ったりする事で大人のケア行動を引き出すよ うに「仕掛けてきている」こともわかってきました。

 この事実を、「赤ちゃんは何でも知っている」的に流用し、「子どもの正しい育て方」「ああしなければいけない、こうしなければダメだ」と細かく主張する人がいます。

 子どもとふれあい、見つめあい、言葉を掛け合う事は大切な事です。でも、「見つめないとよく育たない」と考えて、たとえば時間決めで子どもを「見つめることにする」というのは、果たして本当に子どもの成長にとって有益でしょうか?「抱きしめないと親子関係ができない」というなら、手の不自由な人は子どもとよい親子関係が結べないのでしょうか? そんなことはありません。

 心理学等の見地から引き出される事実は、精神的ケアが極端な剥奪状態にある場合の問題であったり、単に「へぇ〜、赤ちゃんもこんな能力を持ってるんだ〜」という、素直に知的な関心から発するものだったりします。それらの研究自体は価値あるものですが、その結果を日常の育児にそのままあてはめて「ねばならない」を作り出す事は、かえって育児に有害な結果をもたらします。

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Q9 「母性的配慮」って、産みの母親しか与えられないものですよね。

 そういう見解の人は、現在非常に少数派です。産みの母親でなくても、女性でなくても、「母性的配」は十分に与えられます。そもそも「母性的配慮」という言葉は、20世紀初頭の「赤ん坊の世話=母親」という大前提から発生してきた言葉で、実際は「親密なケアと関係」という程度の意味で使われていると考えて下さい。父親を始めとする男性でも、もちろん「母性的配慮」を与えることはできます。

 男性と女性が子育てにおいて全く同一的性質を持つかという点には議論の余地がありますが、少なくともここで言われる「母性的配慮」を与えるという点では、女性にできて男性にできないなどという心配は全くありません。

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Q10 「母親」というのは子どもにとって特別な存在だと思うのですが。

 母親は子どもにとって特別な存在になりえます。もちろん父親も子どもにとって特別な存在になりえます。シャッファーとエマーソンが18ヶ月の子ども達を観察した研究では、主に母親にのみ愛着を向けていた子どもはその2分の1に過ぎず、ほぼ3分の1の子どもは主に父親に愛着を向けていたことがわかりました。そしてそのような心の絆の形成には、一緒に過ごしたり世話をしたりする時間的絶対量ではなく、子どもとの精神的交流の強さのほうがより重要であることがわかったのです。

 もちろん、子どもは父親・母親のいずれかだけと、ではなく双方と、また両親以外の人達とも精神的絆を結ぶことができます。「特別な」絆の数はさほど多くないとしても、たったひとつの絆より複数の絆を持つほうがより安定的でバランスの取れた成長が期待できます。

参考文献
 *9 母親剥奪理論の功罪 マイケル・ラター著  誠信書房

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Q11 男は仕事、女は家事・育児、これは太古の昔から決まっている事でしょう?

 生まれた年代別の、労働力率(働いている人の割合)という数字があります。これを見ると、日本における女性労働力率の世代別変化は、次のようになっています

落合恵美子「21世紀家族へ」 より転載
労働省婦人局「婦人労働の実情」昭和62年版 より作成

 25〜34歳の子育てまっさかりの女性労働力率は、昭和ひとけた→10年代→20年代と、若い世代になるに従って低くなっています。この世代間で、子育て世代女性の「主婦化」が進んでいった様子が分かります。

 また、日本女性全体の労働力率は、次のようになっています。

篠塚英子「女性労働を生活史から見直す」より作成

 「昔は女は家事・育児に専念していた。女が働きはじめたのは最近の事だ」という考えは誤りである事が分かります。

参考文献
 *2 21世紀家族へ      落合恵美子著   有斐閣
 *6 現代女性図鑑データブック 福岡市女性協会編

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Q12 保育所で育つ子はすぐ病気にかかると聞きましたが。

 「保育所がどうであるか」は、その保育内容によって決まってくる問題です。保育内容の質は、国により地方により時代によって千差万別です。

 現在の日本の保育所の保育内容は、世界でもトップレベルにあると考えてよいでしょう。ほとんどの 保母がきちんと教育されており、熱意を持って保育に当たっています。子供達もイキイキと過ごしていることが 多いでしょう。保母一人当たりの子どもの数も、国の基準ではまだまだですが、各自治体の努力で子どもの発達を阻害しないようなレベルの人員配置がなされている場合が多くなっています。

 もちろん、集団生活に入ったばかりの頃はいろいろ病気を貰ってくるものですが、それは幼稚園でも小学校でも同じで、その子が集団生活を始めた時にはくぐらなくてはならない門です。「体が弱い」とはまったく別の問題です。

 「保育所は・・」と観念論で話す前に、実際にいくつかの保育所を見学されることをお勧めします。

参考文献
 *7 モスクワの女たち カローラ・ハリソン他著 阿吽社

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Q13 働きながら育てると、子どもはどうなるのでしょうか。

 子どもの性格・家庭環境などにより個人差はありますが、働く母を持つ多くの子供たちは、母親が働く事を肯定的に捉えています。実際に働く両親を持って育った子どもの声を集めた資料もあります。参考にしてください。

参考文献
 *8 私たちはこうして大きくなった 働く母の会編著 ユック舎

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