Q6
ボウルビィの「母性喪失」って何ですか?

 ボウルビィはイギリスの医師です。彼は1948年に国連からの依頼で、戦中〜戦後に両親と離ればなれになった各国の子供達についての調査を開始しました。1950年に提出された報告書の中で彼は、施設収容がなくてもホスピタリズムは生じることを確認しました。施設に関係なく発生することから、その原因は施設自体にあるのではなく、母性的配慮の喪失経験にあると考え、「母性喪失(剥奪)」(マターナル・デプリベーション)という考え方を提唱しました。彼はさらに報告書で、その母性剥奪が子どもの生涯に渡って悪い影響を及ぼすと書いています。

 ところが、上記でもわかるとおり、ボウルビィの 調査研究は2年間しか行われていません。そして、彼が対象とした子供達は、最年長でも15歳以上ではありえず、実際はもっとずっと小さかったことがわかっています。

 なのになぜボウルビィは「将来の全人生に影響を与える」などと言い切ることができるでしょう。

 1956年になると、ボウルビィは新たな論文の中で、このような主張が誇張であった事を認め、母性喪失が全人生に重大な影響を与えるとは一般としては言えないと言い直しています。日本の三歳児神話論者のうち、ボウルビィの必然的転換をきちんと認識している人がどれだけいるでしょうか。

 もう一つ忘れてはならないことがあります。ボウルビィが調査の対象とした子供たちは、戦争や病気で親から引き離された子です。日常生活の中で親や寮母という心の拠り所を持ちながら成長していく今の日本の子供達とは、基本的な状況が違います。この点を無視して、極限状況での観察を日常生活に無批判に持ち込むのは、誤りを生む元になります。

参考文献
 *1 疑わしき母性愛 ヴァン・デン・ベルク著  川島書店