「川崎市わくわくプラザ」に関する

DCI日本支部の見解(第2次案)

2002年12月26日

Defence for Children International 日本支部

           福田雅章(一橋大学名誉教授) 代表

           世取山洋介(新潟大学教育学部助教授) 事務局長

1 学童保育を廃止し、「わくわくプラザ」を設置しようとしている川崎市の施策は、子どもの権利条約に違反し、また、川崎市子どもの権利条例とも矛盾するので、即刻中止すべきです。

2 放課後の子ども全員に対する施策は、学童保育で蓄積された経験された経験と知識を核として、それを拡大することによってこそ優れたものになる、という観点から作られるべきです。

3 以上の主張を、市長および関係部局に提出します。また、川崎市が誇る先進的な権利関係条例である「子どもの権利条例」「人権オンブズパーソン条例」および「市民オンブズマン条例」を活用していきます。

 

 

 

1 「川崎市わくわくプラザ」の実態と問題点を川崎市民有志と共に検討しました。

 川崎市は、学童保育を廃止しすべての児童を対象とする放課後サービスとして「わくわくプラザ」を川崎市のすべての小学校に設置するとしています。学童保育を利用している子どもたちにサービスが限定されていたのに対して、すべての児童を対象とした事業を行なうべき、というのがその理由として挙げられています。

 私たちは、わくわくプラザによって学童保育が放棄され、しかも、わくわくプラザが子どもたちを囲いこむだけで、子どもの成長発達を保障する場所になりえないとの懸念を持ちました。この新しい施策の試行段階における実態を、川崎市民有志と共に調査し、その間題点を検討しました。

2 その結果、次のような事実と問題点を確認しました。

@ わくわくプラザの貧困な物的条件のもとでは、子どもは自由に遊べないので、子どもたちが行きたい場所にはなりません。

 わくわくプラザは以下のような物的条件の下に実施されることが予定されています。まず、小学校の規模に大きなばらつきかあるにもかかわらず(小規模で160人、大規模で1500人)、各小学校における空き教室の1室ないし2室を利用することです。次に、空き教室は「拠点」であり、子どもが学校の他の施設で自由に遊ぶことができるとの説明にもかかわらず、施設・設備利用にあたっては、学校の授業および住民に対する施設開放が優先されることです。

 このため、例えば、午後の授業がなく、午後1時にわくわくプラザにやってきた小学校低学年の子どもたちは、高学年の授業が終わる3時まで、体育館・校庭などの施設設備を利用することができず、近くの教室で授業が行なわれている場合には、自由闊達に遊ぶことができません。結局、狭い空き教室の中で、2時間にもわたって静粛にしていることを強制されることになります。子どもが自由に群れて遊べるようにはなりません。

A 帰宅時間およびおやつの申告制を取るので、帰宅時間を守らせることやおやつの配給にばかり気が取られ、子どもたちとの関わりは二の次にならざるをえません。

 施行されているわくわくプラザでは、親によって申告された帰宅時間どおりに子どもを家に帰すこととなっていて、多様な帰宅時間を子どもに守らせるための事務が煩雑になっています。このため、時間どおりに帰宅させることにもっぱら目が向けられ、子どもにどのような生活と遊びを時間中に提供するのかという視点がなおざりになっています。また、おやつが親からの申し込みに基づいて提供されるため、おやつをみんなで楽しんで食べるというよりは、おやつの正確な配給に指導員の気が取られてしまいます。

B 人的条件が貧しいので、わくわくプラザは子どもが行きたい場所にはなりません。

 わくわくプラザにおいては、短時間職1人およびアルバイト3人の計4人が、ローテーションによって、子どもに対応することとなっています。これでは、子どもと大人との間の安定的かつ相互的な人間関係を築くことはできません。 子ども同士、そして子どもと大人同士がお互いの人格を認め合えるようになってはじめて、子どもが行きたい場所になります。わくわくプラザでは直接の人格的な接触が子どもと大人との間にできないので、子どもはそこに行きたいとは思わなくなり、行かなくなるでしょう。現に、わくわくプラザが試行されているところでは、日常的にわくわくプラザに通う子どもの数は激減してしまっています。

C わくわくプラザを利用するのは、行かざるをえない子ども=現在学童保育に通う子どもです。現在学童保育に通う子どもの受けるサービスの質は大幅に後退します。

 市当局は、わくわくプラザが全面的に導入された場合の、利用者数について、全校の半数の子どもが登録をし、その2割の子どもが利用し、全市では約6000人の小学生が利用するものと予測しています。わくわくプラザの、物的および人的条件等から考えれば、多くの子どもたちが、行きたい場所としてわくわくプラザを考えず、行かなくなることは市当局でなくとも当然に予測できます。市当局は、親の就労との関係で毎日行かざるをえない子ども、具体的には、学童保育を現在利用している小学校1年生から3年生の子どもは現在約4000人のほか、待機児童と小学校4年生から6年生までの学童保育OBを合わせて2000人が利用することを見込んでいるのです。

 学童保育を廃止して、わくわくプラザを導入するのは、全児童にサービスを拡大するためなのだとする市当局の説明は、そもそも、成り立ちません。しかも、今学童保育に通っている子どもとそのOBがわくわくプラザの主要な対象であるということになれば、学童保育に比べれば、わくわくプラザから受けるサービスの質は大幅に後退します。

D 障害を持つ子どもも安心していられない。

 以上のような物的にも人的にも貧困な事業の最も大きな犠牲者が、障害を持つ子どもであることは見やすいことです。現に、「特別なニーズに大人が対応してくれないわくわくプラザに子どもをやっても放置されるだけで、安心して預けることはできない」と感じている障害を持つ子どもの親もいます。

3 わくわくプラザの導入には正当な理由がありません。

 私たちは、わくわくプラザの導入と学童保育の廃止に正当な理由があるのかも検討しました。しかし、何ら正当な理由を見つけることはできませんでした。 わくわくプラザは、全児童対策を目的として掲げています。しかし、その内容を見ると、子どもが行きたいと思えるような場所にしようとはしていません。市当局自身は、わくわくプラザを利用する子どもは、それを利用せざるをえない子どもたちに限定されるとの見通しを持っていることも明言しています。従って、全児童対策という理由そのものが成り立ちません。

4 わくわくプラザの本質的な欠陥

 わくわくプラザの持っている本質的な欠陥は、子どもの声に直接耳を傾け、子どもの成長発達に不可欠な人格的接触を持って子どもに対応してくれる大人がいないということです。学童保育の歴史と実践によって確認されてきた知恵は、学童保育を子どもが行きたくなるような場所にするにあたって指導員が決定的な役割を果たすということです。そして、多くの困難を抱えている現代の子どもにとっては、指導員との緊密な人格的な関係が、ますます、重要になってきていることも指摘しておく必要があります。

 子どもがだれからも声を聞いてもらえないまま一人ぼっちで放置されていれば、たとえ、安全な場所が提供されていたとしても、それは子どもの成長と発達にとっては意味がありません。さらに言えば、自分の声や要求を正面から受け止めてくれ、それにきちんと応答してくれる大人との関係を保障されなければ、例え、同年齢集団や異年齢集団がそこにあったとしても、その成長発達に必要な場所を保障されたことにはなりません。

 そして、相互的な人間関係を自分に直に接している大人との間で保障されながら、子どもは成長発達していくべきことは、国連子どもの権利条約が、その第6条と第12条において確認していることです。子どもの権利条約のこのようなエッセンスを欠落させていることに、わくわくプラザの最も本質的な間題点があるのです。

5 子どもの権利条約および川崎市子どもの権利条例に基づくわくわくプラザの評価

@ この施策は、子どもの権利条約第18条と第12条に違反するものです。

 子どもの権利条約は、働く親の子どもの保育サービスを受ける権利(条約第18条3項) が、子どもに直に接している大人との人間的な関係の下で成長する子どもの権利(条約第12条)を伴なって保障されなければならないことを求めています。適切な数の指導員を配置し、子どもの声に直接耳を傾けながら子どもに生活の場と遊びの場を保障しようとする学童保育は、条約の趣旨をまさしく実現する優れた施策です。このような優れた施策を正当な理由もなく放棄し、権利の実施の水準を“後退”させることは、杜会権の実施に関連して国際人権法理として確立している「後退禁止原則」に違反するものです。

A 子どもの権利条約に違反する施策は同時に川崎市子どもの権利条例とも矛盾します。

 川崎市子どもの権利条例は、子どもの権利条約を実施する「責務」(川崎市子どもの権利条例解説書「川崎市子どもの権利に関する条例−各条文の理解のために−」。以下単に「解説」と略します。)が自治体にあるとの自覚に基づいて、子どもの権利条約を「拠り所」にし、子どもの権利条約で規定されている権利を「前提」として制定されています(「解説」)。

 条約で明記されている権利が、条例で明記されていなくとも、あるいは、条例の解説で言及されていなくとも、川崎市においてはそのような権利は実現されなくともよいと条例は考えていないはずです。先に示した子どもの権利条約に基づく評価は、そのまま条例に基づく評価となるでしょう。

B この施策は条例第18条とも矛盾します。

 また、川崎市子どもの権利条例は第18条2項において「市は、親等がその子どもの養育に困難な状況にある場合は、その状況について特に配慮した支援に努めるものとする。」と定めています。この条例の「解説」は、この規定が、「子どもの権利条約第18条の規定をふまえたものである」とはっきり言っています。従って、子どもの権利条約第18条3項に規定されている「親が働いている子どもの権利」を実施する責務を川崎市は負っていることになります。その責務を放棄することは条例と矛盾します。

6 学童保育で蓄積された経験と能力を核にして、それらを拡大することによって「全児童対策」を構築していくべき

 私たちは、子どもや親のニーズも多様化し、あるいは、両親が共働きでない子どもの家庭であっても家庭としてうまく機能しない困難な状況があることを十分に理解しています。決して「学童保育だけを守れば良い」とは考えていません。私たちは、親が働いていない子どもの放課後における成長発達の保障のための施策も市によって積極的に展開されていくべきだと考えています。

 しかし現在のわくわくプラザはそのような施策としても失策です。新しいニーズや新しい困難に対応するための事業を拡充したいのであれば、「学童保育で蓄積したノウハウを核にして、それを全児童対策にも拡大していく」というのが、正しい道筋です。

 私たちには、学童保育の歴史と経験を基礎にしたあるべき放課後施策について、川崎市に対して技術的、専門的、そして本質的な助言を与える準備があります。

7 今後の対応について

@ 川崎市長および川崎市市民局からの意見聴取を実施します。

 この「『川崎市わくわくプラザ』に関するDCI日本支部の見解(第2次案)」に対する応答を市長および市民局から聴取した上で、最終見解をまとめ、公表します。

A 川崎市の先端的な諸条例を用いていくことを検討します。

 川崎市は、人権および子どもの権利に関連して先進的な条例を持っています。「市民オンブズマン条例」「人権オンブズパーソン条例」および「子どもの権利条例」です。私たちは、川崎市民が自ら、これらの先進的な条例の本来的な力を発揮できるように、あるいはその本来的な姿を取り戻すことができるように、主体的に利用していくことが大切だと考えます。そこで、今後、すでに市長からの諮問を受け、川崎における子どもの権利の実態についての調査を始めた「川崎市子どもの権利委員会」に対して、放課後における子どもの権利の保障の実態、具体的には、現在の学童保育における子どもの放課後の生活の質と、試行段階にあるわくわくプラザの生活の質とを比較する調査を要求することを検討します。また、人権オンブズパーソンあるいは市民オンブズマンに対する申立も検討します。

B 国連子どもの権利委員会への報告を検討します。

 2004年1月に国連子どもの権利委員会によって実施される第2回政府報告審査に向けて、川崎市わくわくプラザ構想が、条約第18条3項および条約第12条を具体化している学童保育を後退させるものであり、後退禁止原則に触れるものであるとの報告を、国連子どもの権利委員会に提出することを検討します。